警戒心

今回の旅行の最終日、カサブランカでのこと。
駅に到着し、駅前でホテルに向かうタクシーを二台捕まえようと(モロッコのタクシーは四人乗りで、四人旅をしていた私達は二台タクシーを捕まえる必要があった)苦労しているとき、突然片言の日本語で男性に話しかけられた。顔を見るとモロッコ人。しきりに日本語で「何処まで行きますか?気をつけてね、悪い人多いから、私日本人ですよ。」と言っている。うわぁぁ、怪しいやつ!!騙されるな!ぼられるな!という旅の警戒心から私達は当然無視。しかし彼はなおも話しかけてくる。「私はあなた達が心配です。ほら、日本のパスポートです。日本のお金です。私は日本人ですよ。」日本のパスポートを取り出して私達に見せる。確かに日本のパスポート。私達はあいまいな返事。その場を立ち去りたいが、友達がタクシーとの値段交渉中で動けない。彼はなおも言う。「私は○○の社員で、ここに駐在しているんです。本当に、悪い人が多いですから、気をつけて!」私達はあいまいな笑顔。「さっき皆さんの姿を見かけてね、車で戻ってきたんです。」見ると、脇に上等な黒い車が停めてある。言葉を交わさない私達。疑いの目、不信感。「もしも信じるならこの車で送っていくんだけど。」と、やっと交渉がまとまり、タクシーは一台20ディルハムでホテルまで行くという。それを聞いて彼は言う。「それなら、普通ですよ、大丈夫です。高くないです。モロッコは本当に変な人が多いですからね。気をつけて!それだけです。気をつけてね!」私達は無表情でつぶやいて、そそくさとタクシーに乗り込む。「わかりました。有難う…。」
さて、彼はいったい何者だったのだろう?心の中には疑問と少しの罪悪感が残る。彼は本当にただの善意の人だったのか?そして私達はその善意を踏みにじる態度で応じたのか?はたまた彼は悪いやつで、手の込んだ嘘で旅行者を騙そうとしていたのか?そして私達は賢明な判断で騙されることを免れたのか?今となっては本当のところはわからないが、なぜか今でも時々、彼のことを思い出す。
もしも彼が欧米人だったら?彼が女性だったら?もしも英語やフランス語で話しかけてきていたら?場所がモロッコではなかったら?私達は同じように応じていたのだろうか?そして、もしも日本の駅前でウロウロと戸惑っている外国人観光客がいて、その国がすごく好きでその国の言葉を少し話せるから何か役に立てないかと声を掛け、結果、あからさまに怪しがられたら?
今回のような態度をとった理由はもちろん、見知らぬ土地にいるという警戒心が一番だが、それに付け加えて性別、国籍、使用言語、使用語彙、来ている服、使っている車、などなども感じ取って判断した上で私はこのように振舞ったはずだ。
もちろん、それこそが生きていいく上で身に付けた知恵であり、わざわざリスクの高い話に乗る必要はないので、今回の私達の態度は正しかったと思うけど、それでも、ちょっとだけ、やっぱり本当はいい人だったんじゃないのかなぁ、と思ったりもする。きっと私はそのうち何かに騙されるだろう。