元気なときのくろべえ

今まで安楽死というものはありえないと思っていたのだが、愛犬のあまりの姿と母の負担を見て考える。母は藁にもすがる思いで得体のしれない薬を購入して、飲ませている。体中に腫瘍ができ、特に大きかったわき腹の腫瘍がはじけ、えぐれた患部がじくじくと膿み、そこにハエがたかり小さな蛆が沢山動いている。取っても取ってもいる。ひどい異臭。前に飼っていた犬の散歩中にふらりとついて来て、それ以来14年間我が家で生きた気難しくて賢い雑種犬の最後は悪性の癌だった。
ハッハと息遣いも荒くとてもだるそう。それでも一日に一回よろよろと立ち上がり、ほんの短い距離の散歩に出かけて用を足す。玄関一面にペットシートを敷いて寝かせているのだが決して中ではしようとしない。家族以外になつかず、往診の先生にも唸って手当てをさせないので口輪をはめて母と二人かかりで押さえつけて点滴と注射をしてもらう。世話をする方も精神的につらい。犬ですらこうなのだ。人間の介護であればどれほどか。薬が効き、餌を少しだけ食べる。好物のホットケーキに錠剤を埋め込むが、器用に薬だけ吐き出してしまう。子犬用の離乳食に混ぜると一緒に食べる。手術で口をあけている患部を切除する方法もあるが、弱っている心臓が全身麻酔に耐えられないかもしれない。このままゆっくり最期を待つか、手術をするか、楽にしてやるか。1ヶ月ほど前に帰宅したときはいつものように跳ね回って全身で喜んでいたのに、今回は横たわったまま顔も動かさずしっぽをパタンパタンとニ、三回振っただけだった。それを見たら泣けてきた。家の中も荒んでいる。午後から親友の家に赤ん坊出産の祝いに行った。なんと4100グラムで生まれてきた巨大児である。子供を持つと自分の母親にとても感謝するようになるそうだ。当たり前だが赤ん坊はふにゃふにゃでまったく何にも一人で出来ない。生まれて出合ってそして死んでいく。明日は「手術はせず、このまま様子を見ます」と先生に告げに行き、口輪を買ってから、家の中の掃除をして祖母に会いに行く。