ハーンの葉書

言葉を発する人と言葉を受け取って理解する人。その二人の間には共通の言葉がなければならない。そしてその世界を捉える共通の言葉の種類が多ければ多いほど、抽象的な語彙も多ければ多いほど元々自分の頭の中にあった思いが相手の頭の中に元の形に近く再現されます。

「パパ様、あなた、親切、ママに、毎日、可愛いの手紙、やります。なんぼ、喜ぶ、イフ、難しい、です。あなた、書くの絵、引船の絵、面白い、ですねー。私等、早く焼津へ、参りますと、パパの顔見ると、面白いの、言葉、聞く、だい〜好き。百日、見ました、苗のような、パパの顔と可愛いの二人の息子。しかし、夢、毎晩見ますよ。ママ せつから。八月十八日 みな人、良き言葉言いました。パパ様の体大事するくだされ」

さて、この片言の日本語文はなんでしょうか?実はラフカディオハーン(小泉八雲)の妻であるセツが、焼津にいるハーンに宛てて書いた手紙の文です(実際はカタカナ)。松江にある小泉八雲記念館に展示されていたのですが、説明文には「セツ婦人が、焼津滞在中の八雲に送った手紙の一部で、八雲流の片言の日本語と文字で分かりやすく書いてある。」とありました。そしてこちらがハーンからの手紙(原文はカタカナ)。

「天気・いつでも・きれい・客・皆・いんでしまいました・おもしろい・音吉・君・の・妻・病気・です・てんの・家・に・泊まる・しかし・すこし・なおしました(略)男・の・亭主・兵隊・の・ため・とりました・その・タバコ屋・も・とりました・焼津・から・17・人・イクサ・にとりました。今日・海・高い・大潮・しかし・静かな・です。カズオとイワオ・泳ぎました。イワオ・少し・学びました・今・浮くこと・上手・します。それから・皆・もの・学ぶ・易い・でしょう。パパ・初めての・二日・少し・暑いと・タイギ・と・無精でした・しかし・今・みな・力・返りました・パパ・の・大きな・大国の・腹・少し・小さいと・なりました(略)パパから キヨシ・に・可愛い・言葉・パパ・から パパ・に・接吻・して・くだされ・おばば様に・可愛い言葉」

う〜ん、なんとも良いですねぇ。文法的に正しい(社会的に通用している)言葉なんかじゃなくても十分分かり合えるのですね。相手が自分に対して敵意を持っていない、むしろ好意を持っている、ということがお互いに分かっているというのも大きいんでしょう。多少の間違いは許すというか。しかし、ということは、怪談話なんかもこんな言葉でハーンに伝えられていたということなんだろうかね。http://www.bungaku.pref.hyogo.jp/kikaku/harn/h_tegami/h_tegami_e.html
最近文法的に「正しい使用法」「間違った使用法」を考えなくてはいけなくてウンザリしている私の現実逃避でした。