6か月終わって帰国している

日本に帰ってきている。

あっという間の6か月間だった。本当にあったのだろうかというくらい、出かける前と現在と変わりがない。出かけるときはまだ夏の名残があったのが、これから春になろうとしている肌寒さであるくらい。

最後の2週間ほどはあわただしく日が過ぎていき、あっという間に最終卒業日。ちょっと緊張してスピーチをしてそのままその日の夜には学校を出てバスでマニラへ。

そのバスに乗った時に、日本人の若い男の子がいてその人と少し話をしたときに思ったこと。

・年を取るということ 経験の邪魔

・素直であるということ 心を開くということ

これらについてはまた書く。

日本に帰ってから大阪に1泊して堺時代の友達と会ったり、次の日はバギオで知り合った人に会ったりした。境港に帰ってから1週間ほどして韓国へ。ここでもバギオでの知り合い2人に会って2泊だけして帰国。日本に帰る目的であった歯医者に通い始めた。そして今後のことを考え始めた。

他の英語圏に行きたいが、やや資金不足。7月に結婚式の参加で1回日本に帰るし、できたら中国語圏に1カ月は住みたいという希望もあるし、ある程度は貯金を残しておきたいので、それを考えるともう一度フィリピン…という選択になりそう。今度は場所を変えてセブにしてみよう。

それまでの間に日本でできることをやらないといけない。そのためには毎日の生活をルーティン化して流れてしまわないようにしないと…。

 

 

ちょっとだけ

4か月と10日ほどが過ぎ、ちょっとだけ英語が出てきやすくなったような気がしている。3か月に1回くらい伸びを感じるというけども、私は4か月を過ぎて1度目の伸びを感じているということだろうか。

ゆっくりでも進んでいるということ。良いことだ。

 

と、思っていたけど、この日は奇跡的にそんな日だっただけで、結局その後はあまり変わらずえーっとえーっとって時間をかけて無理やりひねり出している。この奇跡的な日がずっと続くようになってほしい。自分の脳のエネルギー状態とテンションの高さにもよる気がする。テンション高いと言葉もスムーズな気がする。躊躇なく話すからかな。だから自信が必要だって言われるんだろうな。

4か月と6日過ぎた

4か月過ぎ、あと1カ月と少しの滞在日程となりました。

英語は話せるようになっているのか???

答えはNO。自分が思っている、このくらい話せたらいいなぁというレベルにははるかに及ばず、いまだ言いたいことを何とかひねり出して先生に察してもらっている状態。では、バギオに来る前に比べたら話せるようになったか?

それはYES。最初の0の状態に比べたら少しずつだけど語彙も増えたし、ヒアリングもできるようになっている。月に一回あるテストも、今回受けたものが今までで一番良い点数なので、じんわりじっくりとできるようになってきている。そこは認めよう。ここに来なければ今のレベルにさえならないまま、日本でこれまでと同じ4か月を過ごしていたのだから。

来たことによって少しだけど英語が前よりできるようになった。

そう、前よりはできるようになった!!!

最近、よく話をしていた友達が軒並み帰国してしまってつまらない気持ちだった。

授業で簡単な問題を間違えて、4か月もいてこれか…と情けなくなり涙が出てきて、午後から授業を休んでしまった。こんな年齢にもなって!!

大学生たちが明るく積極的に友達を作って生き生きと楽しんでいる姿に、気後れを感じて部屋にこもっていた。

ベッドに寝ころびながら、過去の写真をずっと見ていた。たくさんの笑っている自分の写真。いろいろな人といろいろなところに行っていろいろな事をしている私の写真。過去にあったたくさんの人達。今も連絡の取れるたくさんの人たち。

あー、また視野が狭くなっていた。

ここの学校のことしか見えていなかった。

次の日は授業にちゃんと出て、みんなにも挨拶をし、ちょっと積極的に発言してみたりして、テストの結果を受け取って、気持ちが戻ってきた。

せっかくのあと1カ月ほど。途中旅行で抜けるから1カ月もない。とりあえず授業には出よう。

英単語はいろいろな場面で10回以上遭遇すると、何となく覚えてくるものだと感じるので、それの機会として授業には出よう。

 

 

あと8週間

あと8週間となった。そのうち1周くらい台湾なので実質7週間。そろそろ帰りとその後のことも感が始めないとだ。早すぎる、早すぎるぞ。何にも覚えていない、夢の中のような日々。多分後から思い出しても、何だったんだ、あの半年はと、ぼんやりとしか思い出せないと思う。そんなここでの日々。新しく大学生たちが留学してきた。彼らも冬休みを利用しての留学なので同じタイミングで卒業する子たちが多そうだ。ここから心機一転、彼女らと同じ気持ちで楽しもう。

私の英語は、0からだったので、今、ようやく中学生くらいのレベルになりつつあると思う。

本当はこのくらいの下地があってから留学に来たりするのだと思うけど、私の場合はようやく4か月を経てこのくらい。

他の留学生に比べてはるかに語彙も少ないし、とりわけ文法がわかっていないと思う。でも、基礎の基礎の部分を作ることができた&怖さがなくなってきたことに関しては、来てよかったと思う。

あと2か月をどう使うか。やはりルーティンは会ったほうが良いな。

6:00起床。カーテンを開けて朝日を迎える準備を。

コーヒーまたは紅茶のためにお湯を沸かす。

窓を開ける。着替える、化粧する。

コーヒー飲んで、パソコン立ち上げて日本のニュースを見たり音楽を流す。

ここで、ANKIをやろう。

7:00朝食を食べに行き、友達と英語で話すことにしよう。

8:00部屋に戻り、授業の予習。

9:30授業開始

12:00昼食

12:50午後の授業

15:15休憩←ここをどう使うか

16:10ソングクラス

17:00カルチャークラス

18:00夕食

18:45休憩←ここをどう使うか

19:30カルチャークラス

ボキャブラリーテストも受けたいな。

20:30休憩、シャワー

22:30就寝

2か月をきった

あと2か月を切ったぞ。早い早い。2か月後の今、どこにいるのだろうか?もう日本の実家でゴロゴロしている?大阪で友達と温泉に入っている?韓国経由で帰ろうと釜山まで移動している?タイに移動してちょっとゆっくりしている?台湾に立ち寄っている?

自分の2か月後の居場所がまだ未確定。

 

バリ島がすごくよかった

バリ島にたった4泊だけど旅行をしてきた。

とても良かった。

まず、マニラの空港に行くまでに山を下っていく途中で、あ、気圧が変わってきたな…

というのが肌で分かった。

バリの空港に降りたら、湿度の高さが伝わって来て、梅雨の沖縄を思い出した。

バリは緑が本当に豊か。沖縄も緑の生命力が強いと思っていた。

バリは植物一つ一つのエネルギーは沖縄のほうが高いけど、その量が優しくて多い。島全面を覆っている感じ。特にウブド、人気があるのがよくわかる。

インフラも、日本から直行したらまだまだに感じるだろうけど、バギオから行ったから整っているように感じた。

またもう少し日数をかけて行きたい土地になった。

神様がそこら中にいて、四六時中祈られている。

この辺の感覚のある土地に来たのは初めてだった。

あ、チベットはそうだったかも。

ウブドのホテルのプールサイドでビールを飲んでから水着でウトウトしていたら、海南島の寮で昼寝をしている場面を思い出した。

体の奥の奥に感覚として記憶は残っているんだな。

17年ぶりにマーガレットと会って話をした。いろいろ経験を経て大人になっていた。

バギオ滞在が3か月を過ぎて、マンネリを感じているころだったので、とても良い気分転換になった。

会社のみんなも元気でかわいかった。ちょっとぽっちゃりとしている方が可愛いな…と、ミクさん、マーガレット、まあやさんを見ていて思った。

今日から新しい学生の気持ちで再スタートする。

卒業後のこともボチボチ考えないといけない。

 

あと78日。

80日を切ってきました。あと78日。でも、来週と3月に1週間ずつ旅行に行くし、3月はバタバタして勉強どころではないだろうから、しっかりと腰を据えて勉強できるのはあと1カ月半というところだと思う。まだ、丸まる3か月は経っていないのが不思議。あっという間だったけど、3か月よりも長くいる感じがする。

正月から能登で大きな地震。死者が現時点で100人近く。

 

これまでは、日本語以外で表現したい場合にまず中国語が出てきていたけど、最近は英語が先に出るようになってきた。脳に英語が収納される場所ができてきたのかもしれない。